レオナの気遣いと
二人の逢瀬

『花笑みのプローミッサ』本編後

「レオナさん、まだ戻らなくて大丈夫なの?」

 が今日の分の作業を進めている最中にのそのそとやってきたレオナは、かれこれ一時間近くも中庭に居座っていた。具体的に説明すると温室の中でに膝枕を要求し、そこに頭を乗せて目だけ閉じている。その間は膝を提供する代わりにレオナの耳を心ゆくまで触らせてもらえるので願ったり叶ったりなのだが、なにせレオナは多忙の身だ。

 レオナはの言葉には返事をせず、無言でもぞもぞと体を動かしてのお腹辺りに顔を埋める。レオナの高い体温と柔らかな髪の感触が心地好くて、は目元を和ませた。

「ねみぃ……」

 ぐずるようにに擦り寄ってくるレオナはまるで小さな子どものようで、胸のうちから愛しさが溢れ出すままにレオナの頭を撫でる。レオナがときおり見せてくれる可愛らしい一面は、にとっては日々のご褒美でもあった。

 自然を相手にしているため比較的緩やかな仕事量のと違い、レオナは第二王子としてだけでなく古代魔法の研究者としても多くの仕事を抱えている。そのためなかなか二人きりで過ごす時間が取れないことを気遣ってかレオナは仕事の合間を縫っての元へ来てくれていた。もちろん毎日ではないが、おそらくそれなりにレオナの負担となっているであろうことはにも察せられた。

 大好きなレオナとこうして一緒に過ごせることは、にとっては嬉しいことでしかない。しかし無理をさせてしまうことが忍びなくてレオナに自分は我慢できるから大丈夫だと伝えても、レオナは「俺が来たいから来てんだ」の一点張りだった。

 日々観察しているのに一向に薄くなる気配のないレオナの目元の隈を親指で撫でながら、は近くに置いてあった端末で時間を確認する。

 もうそろそろハンス辺りがレオナを呼び来るに頃だろう。レオナには時間さえ許すのであれば思う存分休んでいってもらいたい気持ちもあるが、このままではきっとレオナの負担ばかりが増えてしまう。この場は心を鬼にしようと決めたは、レオナの耳元に唇を寄せる。

「眠いの眠いの、飛んでけー」
「……なんだよ、それ……」
「アレンジ?」

 眠気のせいか少し掠れた声で突っ込んでくるレオナにクスクスと笑いながら返せば、レオナは怠そうにしながらも体を起こす。

 身支度を整えたレオナと手を繋ぎながら温室から出てすぐに、は真っ直ぐこちらに近付いてくる人影に気が付いた。は慌ててレオナの手から自分の手を離した。レオナが不満そうに尻尾の先端での脚をぽふぽふと叩く。

 二人の元までやってきた人影はハンスだった。

「殿下、そろそろお戻りください」

 ハンスはレオナに声をかけると一枚の書類を差し出す。

「これだけ今確認をお願いします」
「ん」

 レオナは書類を受け取ると、静かに目を通し始めた。その横でレオナを見ているハンスに、が声をかける。

「あの……ごめんなさい」
「何故謝るのですか」
「だって……」

 レオナがと会うべく頻繁に中庭まで来ていることは、すでに離宮の人たちには周知の事実だ。温室も、レオナが身も心も休められる場所になれば良いと用意したものなので、その役割を果たせていることは大変喜ばしい。

 しかしレオナは中庭を訪れるたびになかなか戻らないため、そんな主をある程度経ったら呼びに来るという役目はハンスが負っている。わざわざ足を運ばせてしまうこともだが、現状最も迷惑を被っているハンスはとレオナの関係を快く思っていないのではないか、などという考えが頭をよぎった。
しかしはっきりと聞くのも躊躇われ、は何も言えずに視線を泳がせる。ハンスはの考えなどお見通しらしく、小さくため息を吐くと眼鏡を押し上げた。

「殿下と貴方の逢瀬を疎んでいるわけではありませんよ」
「そうなんですか……?」
「えぇ、むしろ息抜きができるようになったからか、殿下の仕事の効率も以前より上がりましたので。ただ――」

 ハンスが肩をすくめ、まだ眠気が抜けきらないのか欠伸をしているレオナを見やる。

「問題は、その頻度と時間帯です」

 がぱちりと瞬く。

「効率が上がったと言っても、いまだ元々殿下が睡眠時間を削らなければ処理しきれなかったほどの量を抱えているにもかかわらず、真っ昼間のこの時間帯に抜け出しているんです。その分、結局は夜遅くまで書類と向き合う羽目になっているのですから」
「えっ」

 やっぱり、レオナには相当の負担をかけていたのだ。がハンスの言葉に愕然としていると、背後からレオナが覆い被さってくる。レオナは目をすがめながら、書類をの肩越しにハンスへ渡す。

「余計なこと言うんじゃねぇよ」
「会うなとは言いませんが、もう少々頻度を減らしてみては、とは思いますね」
「……仕方ねぇだろ、昼間しか会えねーんだから」
「どうして?」

 がきょとりと首を傾げれば、目の前の二人の男は同時に黙り込んだ。

「そうよね、私がレオナさんのお仕事が終わった後にでも会いに行けば良いのよ。レオナさんと会えるなら朝だって夜中だって嬉しいもの」

 にこにこと笑みを浮かべて「レオナさんのお仕事が終わるまで、頑張って待ってるわ」と言えば、レオナはしかめっ面のまま盛大にため息を吐いた。ハンスもレオナと似たような表情をしている。

「これは彼女なりの冗談ですか?」
「これがコイツの素だ」
「さようで。殿下も苦労なされますね」
「……何よ……」

 どうして二人が揃って呆れた顔をするのかわからず、がむすりと唇を尖らせる。レオナは「お前はもう少し男心を学べ」との頭をぐりぐりと撫でた。

「先に戻ります。殿下も今日はもう戻ってきてくださいね」
「わぁったよ」

 一礼してその場を後にしたハンスの背中を見送りながら、は隣で肩を回しているレオナを窺う。

「レオナさん、やっぱり明日からは私が夜に――」

 の言葉は、おもむろに伸ばされたレオナの人差し指によって止められた。口を噤んだの耳元で、顔を寄せたレオナが囁く。

「もし夜に来るってんなら、帰さねーからそのつもりで来いよ」

 そのままのこめかみにキスしてから、レオナはひらりと手を振り去っていった。一人残されたはレオナの言葉を頭の中で反芻し、その意味を理解すると顔を真っ赤に染めて声にならない悲鳴を上げた。